空想のすすめ(2)

空想のすすめ

空想によって得たもの

ハココは、いま持てる全てで、一部で、様々な世界を作ってきました。
空想の世界で想像し得る最高の幸せを、自分よりもつらい状況を生きてみたり。自分と同じ境遇を、違う選択で生きる人物を空想しました。
こうも考えられたはず。こういう選択もあったはず。たらればを考えるのではなく、自分とは違うものとして空想する。
それはとても無駄の思われるかもしれないけれど、ハココにとっては有意義で、有益でした。

  • ヒマな時間がない状況も作れる
  • いろんな世界を作り出して楽しめる能力
  • 知識に貪欲な自分
  • 無駄なことがないと思える心
  • すべてに多角的考えが存在することへの理解
  • 嫌いな人、苦手な人に接することへの忍耐
  • 他人の意見を上手に使うこと
  • 否定の意見が大切であることの理解
  • 理解されないことに対する理解
  • 自己肯定感
  • スルー力、気にしないの精神
  • 病的なポジティブマインド
  • 生きていく理由

ハココはときに、現実を上手くこなせなくなります。現実では感情すら分からなくなったりする。
そんなときでも、知識としてため込んだ、行動と感情、出来事に伴う感情、それらが理解できる限り、空想の世界では悲しんだり喜んだりできました。

現実で、心の振れ幅が制御不能に陥る事態も、小さなことで動揺しすぎることもにも、ときに有効で、ハココの精神衛生に必要不可欠になっています。
感情の動かし方をたくさん練習して、大きな振れ幅を空想内で経験して、現実での振れ幅を少し制御出来たりもしました。空想内の出来事とは全く別だけれど、たくさん動かしていれば、少しの動きで動揺しないようにもなれました。

それから、いろんな考え方ができないと登場人物をしっかり描けないので、価値観が違うひとのことこそ知りたいことになりました。

それに、スルー力。気にしないの精神。これらも空想を重ねることから得た気がします。

それは、ハココが読書によって鍛えた感情移入スキルによるものもあるとは思います。自分のこととして、空想を感じる能力。肌でその空気を感じる力。

でも、空想をしっかりと空想として認識できているからこそ、上手くいっていたことだと思います。
空想を現実のようにとらえる能力と共に、それらから一歩引いた状態でいることも、ハココは会得できた。空想に浸ることで、現実を上手にいなすことも出来るようになったのです。

空想は空想でしかない。
たとえば、それを小説にしてみたり、漫画にしてみたりして、それが仕事になったり、そういうことには繋がってはいないし、意味がない行為にも思われるかもしれません。
ハココは、文章を書くことが好きだから、空想した事柄は、文章に起こすことが多いのは確かですが、それほどの完成度もないと思います。ただ、物語として、書いて、自己満足をした。

小説の公募条件を満たすくらいの量は書けていたし、実際に応募したこともあります。でも賞はもらっていないから、その程度。まあ、小さなコンテストで、小さな賞をもらったりしたことはありましたが。
でもそれが、賞金という形になったこともないですし、十代の時に応募した小説の賞で、編集者を名乗る人に他にも原稿があるなら送ってみてほしい、と電話をもらったことはあるけれども、そのときになって、怖気づいて、もし、締め切りに追われる生活になっても耐えられるのか? との姉の指摘に、冷静に考え、現在の自分にはとても無理であることにも気づきました。

才能があるとは思はない。文章だって下手くそだ。ハココの空想に他人が価値を感じるとも思わなかったし、あまりに独りよがりなものだから。
それでも、空想すること、文章を書くことが好きだから、続けて。それが自分の精神衛生にとても有効だったからでもあるけれど、考える、ということがハココにとって自分に価値があると思えるに至ったのです。

ハココは、自分にとって価値があると感じるものに、他人も価値を感じるなんて思わないようにはしています。

ただ単に、ハココが自分の思考や空想の世界が好きで、ハココがそれを感じたいし、次になにを考え、なにを感じるのかを、ハココ自身が知りたい。そして、それらがハココにどんな影響をもたらし、そこになにを感じ、なに考えるのかハココが知りたい。さらに、その後のハココが……のエンドレス。
だから、ハココは生きていたい。図々しく、自分のために。

結局のところ、誰が認めてくれても、自分が認められない自分では満足は得られないものです。
誰に認められなくても、自分が認めていられるものがあれば、自分は自分に価値を感じる。
つまりは自己肯定感とは、結局は自分が作らなきゃならないものです。他人が作ってくれた肯定感に任せて生きるのは、実は難しい。

ハココは、純文学が好きで、誰かにしてみればくだらないこだわりだったりが好物である。そういうことを掘り下げて行く作業は、理解を得られないと言う現実しかない。それをやたら空想したからなのか、理解を得られないからと言って、そこまで落ち込まなくもなった。
要するに、ポジティブな考え方ができるようになったのだ。

病的なほどに、ポジティブに考えるハココが出来上がった結果。
苦しいことにぶつかると、その苦しみを全身で感じようと思うことにもなった。それは本当に良いことなのかと疑問に思われるかもしれない。けれど、苦しいい事柄を、いつかとにかく検証したいからしての行為であり、生き延びたい!と思うことにつながるのだ。
まあ、苦しい辛いの絶頂にあれば、そんなことはできませんし、希望なんてありません。余裕ある時点で、大したことがないということです。

でも、それらがあることで、あきらめたくない!という強い気持ちが持てるようになりました。

止まない雨はない。いや、止もうが止むまいが、んなこた関係ねえ! いま現在のこの雨がもう耐えられないんだっつーの!! ということにすら、この雨が止むことがなかろうと、わたしはこの雨が止むことがなかった場合の自分に起きたことを考えたいから、マジでどーでもいいこと、になったのである。
好転しても悪くしかならなくても、自己分析をしていたいからして、その状況のどれもが貴重な体験になったのだ。自分から死ぬなんて、勿体ない!

つまり、ハココは空想が好きで、それをどうしてもしていたいと思うまでに空想に浸ったことで、生きる意味というか、死なない理由を手にしたのである。

もし、ハココが不治の病に罹患したら、きっと闘病日記を書くだけで、死んでしまうことには絶望しないだろうし、この状況でできることを考えたいだろうし、そういう生き方の自分がハココは好きになった。

たとえ、誰が認めてくれなくても。

さて、空想しませんか?

/// 精神福祉障害者2級 // 解離性同一性障害 / PTSD / ASD(レベル1)/ 障害支援区分4 / 性被害サバイバー ///
ギリ30代のアラフォー女。
考えることが好き。思考することが生きる目的。猫様を信仰したい。
かなりの変人を自称する、要するに変人。

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