七夕と選挙

エッセイ・コラム・雑記

理想論と奇麗事を叶える努力をしよう

七夕に短冊に願い事を書くように
選挙の投票用紙にも未来への願いを込めて。

投票することは未来を生きること。

国民が政治について語らない国の未来は
国民にとって決して有益なものにならないよ。

どうして日本人は
国の未来を自分の未来として考えないのかな?
日本はあなたの国ではないの?
あなたは日本国民ではないの?
どうして日本人は
政治について話すことを「カッコイイ」と言わないの?

国民として政治について
話すことすらできないなんて恥ずかしいよ。

それとも、日本は
国民が政治について語ってはいけない国なの?

政治について話す人は
自分の未来を真剣に考えている人だよ。

政治について話すなんてすごくカッコイイじゃん。
とってもカッコイイじゃんか!
ねえ、みんな、もっと政治について話そうよ!


七夕だ!
わたしは先ほど、夏の大三角形に織姫と彦星がいることを知った。

短冊に書きたいのは『世界平和』 大人になってからずーっと、これしか願ってない。
子どもの頃は自分のためだけの願い事をしていたけれど、自分だけ幸福ならそれでいいとは思えない。それだけでは、今のわたしは幸福だと感じない。

みんなが幸せでありますように。
いがみ合う人も、わたしを傷つけた人も、加害者も被害者も、そうあってほしい。わたしはそう思う。誰かの加害者の幸福を願うなんてきっと最低だと言われるのだろうけれど、贖罪の気持ちを得て生きることを願っているの意味。罪を罪だと理解して、それを活かしてほしいから。

罰して終わり。刑に服して終わり。
そんなの反省でも贖罪でもなんでもないから、加害者はいつまで経っても被害者に対する償いを知らないし、憐れにも貧しい心で生きることになる。
贖罪に生きることはある種の加害者の幸福だとわたしは思う。

それは被害者としての願いだとか、被害者だから加害者は贖罪に生きるべきだと言ってるわけじゃなくて、世界のために加害者は贖罪の意味を理解すべきで、世界の歴史は加害者たちが贖罪の気持ちを持てたならもっと良いものになっていたはずだから。
形だけの謝罪や、刑罰を受けるだけで罪が終わるから、贖罪にはたどり着けない加害者たちだらけ。
本当の意味で贖罪を知る加害者となら、わたしは対話も共生もできる。

本当の贖罪なんて奇麗事だけど、わたしは理想を語りたい。
大人が理想を語らず、理想を諦めた世界で、子どもたちに正しさを教え、夢を描けと言う大人の欺瞞を子どもたちは見抜いてる。

事実として、わたしたちが子どもの頃に大人の欺瞞を見ていたから。
理想を語るのは選挙期間の政治家だけで、大人たちは奇麗事だと鼻で嗤っていた。
奇麗事を大人たちは諦めていて、理想は現実にはならないと決めつけていた。
しかも、理想を現実にする努力をしている大人を見たことがなかった。

理想は現実にはならない。
奇麗事では生きられない。
そう言っている大人は漏れなく、理想を現実にするための努力をしていないし、奇麗事を叶える努力を惜しむ。
そんな社会を見て育つ子どもたちが「理想は現実にするために描くのだ」なんて思う日は永遠に来ない。今の大人がそうであるように。

七夕に都知事選がぶつかるなんて、なんという偶然だろうか。

選挙で当選して欲しい候補者に投票することは、七夕の短冊に願いを知るすのと同じだ。
七夕の短冊と違ってベストではなくベターと書かなければならないけれど、七夕の短冊と本質は同じことなのに、政治について語ることを日本人は避ける。

それは偏に
「理想は現実にならない」
「奇麗事なんてくだらない」
そう思っているから。

日本人は『理想』と『奇麗事』を嘲笑うことが、普通で、カッコイイ、賢い、そういう馬鹿だから。
そう信じて疑わないから。

日本は『一億総モブキャラ社会』だから。

あなたがモブキャラだとして、それは誰が主人公の物語のモブキャラなの?
あなたの生きる物語の主人公が誰なのかすら知らないで、自分をモブキャラだと言い切るのは、なぜ?

村人Bしかいない世界は滅びるだけじゃないの?

日本は『一億総モブキャラ社会』
『理想』と『奇麗事』を嘲ることが賢さの証明。

わたしは、未来をこのままにしておきたくない。
理想を実現する努力をしたい。奇麗事も実現したい。

みんなが理想を実現するために考えたり行動したり、奇麗事を臆することなく語ることができる社会は、みんなが『ないものねだり』をしている社会じゃなくて、みんながより良い社会のために努力している素敵な世界で、
『一億総主人公社会』じゃないかな。

それは『虚しい』かな?
バカバカしいかな?
愚か者たちの社会かな?

けど、それが政治を普通に語る社会で、日本人が避けている社会。
政治に一般市民が関心を持つことを、まるで恥ずかしい事であるかのような風潮が日本をダメにするんだと思う。

そんな日本で、子どもたちに「自由に夢を描いて!」なんて無理ゲーでしかないじゃない。

投票は七夕の短冊だよ。
自分の幸福のために願いを込めて、候補者の名前を記す。それはこの社会にまつわる夢を記すことと同じだよ。

『一億総モブキャラ社会』なんてやめようよ。

社会に自分の人生を合わせて窮屈だなってため息ついたり、諦めたりするより、自分の人生のために社会を変えようよ。

魔王を倒してくれる“かもしれない”勇者を応援することもしないで、
魔王に虐げられることを受け入れるの?
私が魔王を倒すから!と頑張る人を馬鹿にして、
変わらない世界を嘆くの?
魔王を倒すために応援することは、
強くなくてもできるのに、
「この人が勇者だと言い切る根拠とデータは?」
「協力しろだ? 魔王を倒してから言えよ」
とか言ってるあなたは、
誰よりも「魔王を応援してる」んだよ。
魔王を倒したい人を応援しない人は、
魔王を支持していていなくても、
魔王のためになることをしているんだよ。

七夕と選挙。なんて素敵な組み合わせ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました