治療の心構え(2)

治療ついて

医師は万能ではないと知ろう

通院を続けていると、今日は話が全然できなかった、話を聞いてもらえた気がしない、といった不満を感じたり、この医者はわたしのことを本当に治す気があるのか?なんて憤りを覚えることもあろうかと思います。

また、自分の望む答えがもらえないこと、たとえば励ましの言葉などが微妙にズレていると感じたり、自分の意図したものとは違う伝わり方をしてがっかりした、なんてことも。

この医者は、わたしのことを全然わかっていない!と怒りを覚えたり、絶望的な気持になることもあるかもしれません。

でも、それは正しいでしょうか?

患者のすべてを把握し、患者にとって気持ちのいい言葉を投げかけることが、治療者としてのあるべき姿でしょうか?

まず、前提としてなのですが、医師は万能ではないし、まず、ひとりの人間なのです。

分かってもらえないと感じたら

そもそも、相性の問題、医師と患者のあいだに、超えることの到底できない考え方の壁がある可能性があります。
人生の中で得た価値観というべきか。
もしかしたら、心が健康でも分かり合えない者同士という可能性も無きにしも非ず、ですが……。

多くの場合は、医師としては治療には関係のないことだからと重要視していないということが考えられます。
その患者にとってそれがどんなに重要なことであるかが上手く伝わらなかった、もしくは患者は重要だと考えているようでも、実際はそうではないことがいままでの診察から推測可能であった、という場合。

他に聞きたいことがあるから今日のところはその話はとりあえず切り上げたとか、いまは興奮していてちゃんとした話ができていないと感じた、なんてところだろう、とわたしは考えています。

治療者側と、患者側では考え方も捉え方も違います。
患者側は、とにかく話を聞いて!全部重要なことなの!となりがちですが、治療者側は、その膨大で、たまに脈略もない話の中から、治療に関すること、役立ちそうなことを探さなければなりません。

何度も言いますが、医師は万能ではないから、一度ですべてを理解することは不可能です。
それに理解してもいないのに理解したふりで、本当の意味で正しく伝わらないままにいるのも問題です。

聞くことに長けていても、限られた時間でどれだけ治療に有益な情報を聞き出せるか、は難しいのではないでしょうか。

そもそも、相談して、解決方法や的確な答えをもらう、は精神科医に求めることではない、とわたしは思っています。

「答え」は自分で探すべきで、自分で見つけたからこそ「本当の答え」である、のではないでしょうか。
押し付けられた他人の答えで満足できますか?
しかも、心というものに関する答え。人生に関する答え。そんなもの、他人がもっている方がおかしいじゃないですか。

あくまで、医師が与えられるのは、アドバイスです。病気の症状になら的確な答えをくれることもあるでしょう。一般論として何かを述べることはあるでしょう、ですが、個人的なことに関する答えは持ち合わせていないと思うべきです。

医師の意見は、意見。あなたがその意見そのものになる必要はないのです。参考にして、自分の答えを探す。

精神科医もただの人間です。エスパーでもない超能力者でもない、勉強したことをもとに試行錯誤し、日々進化する医療も学びつつ、それを提供する仕事をしているのです。

もちろん神でもないし、聖人君子でもないのです。と断言するのは良くない気がしますが、患者の多くは理想を押し付けすぎていると感じます。

分かってもらえなかったのは、なにかのすれ違いがあったからかもしれない。
患者の伝え方が良くなかったかもしれない。

先生ならわかってくれると思ったのに……なんて勝手に落ち込む前に、医師、患者という線を引いておくと楽な気がします。

それを最小限にするのにも、メモを作ることは効果的です。
自分が言いたいことをあらかじめ整理しておくことが、診察時間を有効に使うこと、治療者と患者の認識の差を埋めることのも有効です。

~ハココの場合~
ハココは診察にメモを作ることを毎回していました。話したいことが多くある時ほどメモを作ります。それをそのまま主治医に渡し、読んでもらうことも。そしてその内容についていくつかの質問される。その繰り返しをしていました。
失声(声が出ない症状)のときも、そうして診察をしてもらいました。「読んでもらった」ということに「伝えた」と安心したり、満足したり、そしてその中の「治療に役立つことをみつけてもらう」という感じです。
もう何年もこのスタイルですが、その場に立つと話すことが難しい、診察室で頭の中が真っ白になる、わたしに一番合っている気がします。

ときに、医師も病む

ハココの長い精神科患者人生の中で、主治医だった医師がふたり、心を病んで休職や退職をしました。

女性と男性がひとりずつ。どちらも親身に話を聞くスタイルの医師でした。とくに女性の医師は話をすごく聞いてくれると人気もありました。男性の医師の方は、強面はありましたが(口コミには威圧感があると書かれていた)、しっかりと話を聞いてくれて、どちらも責任感も強い方たちだったのかもしれません。

ですが、その仕事はつまりは「ひとがツライと感じることをひたすら聞く」こと。「妄想の話を聞く」こと。「介護する家族の苦労を聞く」こと。だったりするわけで。強く共感してしまったり、影響を受けて心の調子を崩すことは、精神科医あるあるだ、と言う医師もいました。

精神科医も人間なのです。
どこかで、医師という仕事だ、相手は患者だ、医師と患者でしかない、そんな線引きが必要だろうと思います。

むしろ、わたしはその線引きが有り難く感じます。妙な感情移入のないアドバイス、どんなにこちらが泣いても動揺しないでいてくれること、恥ずかしいと感じることすら話せるのは、彼ら彼女らが医師として接してくれるからです。

ひとりの人間として、親身になって接してほしい。と思う患者もいるでしょう。
けれど、その医師個人の感情でものを言っているのか、医学や客観性に基づく言葉なのかで価値が変わります。

たまになら、その医師の人間性からくる言葉がとてもありがたく感じますが、いつもそうであってはむしろ治療の妨げになります。

患者側もそれを少し理解していたら、治療に良い影響を与えると思うのです。

転移という現象
転移には陽性転移陰性転移があり、陽性転移とは、愛着欲求や依存欲求と治療者に向けることで、陰性転移とは敵意や攻撃性をむける現象のことを意味します。
転移は無意識的なもので、治療者としてはクライエントの転移を引き出すことは、精神分析において重要になることは確かですが、それが転移性恋愛という形に発展すると治療の妨げのなることが多いです。
転移性恋愛として好意を抱くといった陽性転移から、満たされないことで憎悪など陰性転移に転換し泥沼化する危険は表裏一体で常にその危険性をはらんでいます。

対話に重きを置きたいのなら

話がしたい。診察じゃ足りない。対話を重ねることで何かが見えそうな気がする。
そういうときは、心理療法を考えるべきだと思います。
日本の精神医療は、現在は主に薬物療養です。通院では特にそうなります。話を聞いて処方する形式です。

臨床心理士がいる医療機関では心理療法を行っているかもしれません。よく聞く、カウンセリング、と似ています。もちろん、それには医師が必要と判断することが必須ですが、希望するなら伝えてみてもいいのかもしれません。

ですが、心理療法も「答え」をプレゼントするものではないことの理解しておきましょう。
患者、クライアントの生きやすい道を探す「手伝い」が役目です。

ちなみに、カウンセリングは、医療機関でなくても受けられます。
民間のカウンセリングルームが全国にあるかと思います(田舎のハココの住む街にはないです)。
これはカウンセラーによるもの。カウンセラーとは、相談に乗る人の職業名であり、民間でそれをなすのに資格は必要ありません。ですから、個人の裁量に大きく左右されます。高額ですし、利用するなら、よく考え、選び、時間を有効に使いましょう。
どちらかというと、医療機関の心理療法より柔らかい雰囲気な気がしています。ハココは踏み入れたことがないので、完全に勝手なイメージです。すみません。
そして、病院で行う心理療法には、国家資格が必要です。ので、病院で心理療法を行っているのは、みな心理学を学び資格を持っているひとです。

もし、患者が治ることを望んでいなかったら

たまにいます。いえ、実はけっこういます。このままでいい系の患者さん。
患者同士としてたくさん出会いました。いまのままでいいというひと。

そういうひとに、精神科はたぶん何もできません。治療的なことはします。定期的に薬を出してくれます。デイケアなどをすすめてみます。それしかできません。

たとえば、統合失調症などで病識がない場合は、治療し病識を持たせようとかするでしょう。そのうちに患者も治りたい、という気持ちが湧くかもしれません。

うつ状態で、もう自分は治らないとあきらめているひとには、励ましの言葉をくれます。そして、浮上してくれば、治療の意欲も湧くでしょう。

ですが、微妙に良くなり、微妙に悪くもあり、精神科ワールドに慣れてしまったひとは、治らなくても生きていけるし、社会復帰を目指さなくてもいいやってなるひとがいます。
ちゃんと治療すれば社会復帰が可能。しかし治療意欲がない。忙しく働く社会の一員にはもう魅力を感じないと、社会の外の生き物で満足してしまうひと。

難しい問題です。社会がそうさせたのだと恨んでいる人もいますし、そんな社会に戻るのは嫌だ、ということもあります。
それらが精神的ななにかからくるのか、それとも……。
断言はできません。でも、治療に対するモチベーションを失うことは、医療にとって、どの分野でも問題なのではないでしょうか。

何度でも言う。医師は万能じゃない

治りたいなら、自分が何に困っているか、ちゃんと伝わるよう努力しましょう。
「おまかせで治してもらう」ことは出来ません。医師が頑張れば治るわけでもないのです。
患者側の治療に対する姿勢こそが大切です。
治らなくていいと思っている患者を治すことは医師には非常に難しい。治してもらうだけの患者を治すのも難しいでしょう。治療のモチベーションを失った患者も難しい。
モチベーションを保つことは何であっても難しいです。自分を見つめることしか出来ないからこそ、内面を見つめなおすチャンスです。

そうして、考えたことを伝えてみましょう。治療のため、自分自身を知るために。もしかしたら、その結果、医師がまたあなたを知り、より良い治療につながるかもしれません。

/// 精神福祉障害者2級 // 解離性同一性障害 / PTSD / 発達障害グレーゾーン / 性被害サバイバー ///
ギリ30代のアラフォー女。
考えることが好き。思考することが生きる目的。猫様を信仰したい。
かなりの変人を自称する、要するに変人。

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